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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)180号 判決 1989年9月12日

原告

ルードルフ ヘル

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和61年審判第10208号事件について昭和63年4月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第一請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和53年6月2日、名称を「平版印刷法及び装置(後に、「画像記録法及び装置」と補正)」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、1977年6月3日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和53年特許願第66595号)をしたが、昭和61年1月10日拒絶査定を受けたので、昭和61年5月19日審判を請求し、昭和61年審判第10208号事件として審理された結果、昭和63年4月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和63年5月11日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。

二  本願発明の要旨

1  水分反撥性であつて照射によつて給湿剤吸収性になるかもしくは給湿剤吸収性であって照射によつて水分反撥性に変えられる被記録物を、レーザー光線、陽極線及び超音波源からなる群から選ばれたエネルギー源で照射し、次いで給湿剤を供給し、給湿剤反撥性インキを供給する工程を有することを特徴とする、画像記録法(別紙図面一参照)。

2  被記録物を可変速度で緊急案内する装置並びにレーザー光線で行により照射する装置及び給湿並びにインキ供給装置が存在することを特徴とする画像記録機。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりと認める。

2  これに対して、昭和38年特許出願公告第5624号公報(以下「引用例」という。)には、水分反撥性であつて照射によつて親水性となる被記録物に原稿を重ね、赤外線照射源のごとき輻射エネルギー源より照射を行い、原稿の画像に応じて被記録物表面を親水性とし、ついで水性インキを塗布し、画像を記録する方法が記載されている(別紙図面二参照)。

3  そこで、本願発明のうち本願発明の要旨1記載のもの(以下「本願第一発明」という。)と、引用例記載の発明とを比較すると、被記録物に関しては両者間で差異がなく、また、被記録物の画像記録部の表面状態を変え、ついで画像を記録するという点も、両者間に差異がない。

ただ、両者間では次のような相違点がある。

(一) 被記録物の画像記録部の表面状態を変える際に、本願第一発明では、レーザー光線、陽極線、及び超音波から選ばれたエネルギー源を、画像記録情報にてあらかじめ制御し、その照射により被記録物の表面状態を変化させるのに対し、引用例記載の発明では、赤外線などのエネルギー線を照射し、被記録物表面近くに存在する画像に応じた画像記録情報に基づいて、被記録物の画像記録部の表面状態を変化させる点。

(二) 使用するインキが、本願第一発明では給湿剤反撥性インキ(以下「油性インキ」という。)であるのに、引用例記載の発明では水性インキである点。

(三) 本願第一発明では給湿工程が必須の要件であるのに、引用例記載の発明では必須の要件となつていない点。

4  以下、前記相違点について検討する。

(一) 相違点(一)について

被記録物表面をエネルギー線照射し、インキ受容部を簡単に得る技術、すなわち、あらかじめ画像記録情報で制御されたレーザー光線を、樹脂コート処理された紙あるいはプラスチツクシート表面に照射し、画像記録情報に応じて前記被照射物の表面状態を変化せしむる技術は本件出願前から広く知られていた(例えば、昭和51年特許公開第63704号公報(以下「周知例」という。)参照)。この技術では紙、又はプラスチツクの表面状態が変化した部位にインキを適用し、同部位にはインキが吸収されることが明らかであるから、被記録物の表面状態を変化させインキ吸収部を得る技術手段として、前記本件出願前から広く知られている技術をそつくり転用することは、格別な創意を要するものではなく当業者にとつて適宜なし得る程度のことにすぎない。

(二) 相違点(二)及び(三)について

水性インキ並びに油性インキについては、本件出願前から広く知られている。また、油性インキを適用する際には湿し水などの吸湿剤を併用することも本件出願前周知である。そして、水性インキを使用するか、油性インキを使用するかを決定づけるのは、適用されたインキの吸収部位の表面状態に左右される(すなわち、インキを吸収させる部位が水分反撥性であれば油性インキを使用し、インキを吸収させる部位が親水性であれば水性インキを使用する。)したがつて、水性インキを使用するか油性インキを使用するかは当業者がインキを吸収させる表面状態を知つた上で、適宜決定する程度のことであり、また、油性インキを使用する以上給湿剤を用い、給湿工程を併用する点も、当業者が容易になし得る程度のことにすぎない。

さらに、前記三つの相違点に基づく効果も、格別のものではない。

5  したがつて、本願第一発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

そうだとすると、本願発明の要旨2記載の発明について言及するまでもなく、本願は拒絶されるべきである。

四  審決の取消事由

審決は、本願第一発明と引用例記載の発明とを対比判断するに当たり、一致点の認定、及び相違点(一)の判断を誤り、ひいて、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明できたものであると誤つて判断したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

1  一致点の判断の誤り

本願第一発明は、従来の平版印刷ないしオフセツト印刷が印刷版(実質的記憶装置)を必須とし、印刷版上に存在するインキ画像をゴムローラに転移し、ゴムローラから被記録物(多くは紙)に転移するという方法であつたのに対し、右印刷版、ゴムローラ等の中間キヤリアを用いないで、被記録物、例えば紙匹に直接画像を記録するものであり、被記録物(オフセツト印刷における紙に相当する)自体にエネルギー線を照射してその表面を変化させた後、被記録物に給湿剤及びインキを供給して印刷し、被記録物はそのまま印刷物として機能するものである。本願第一発明は右構成を採用したことにより、方法全体が著しく簡単になり、促進され、印刷テキストもしくは画像の交換が容易になり、それにもかかわらず記録の質も維持され、また、記録すべき画像の長さを随意に選択でき、被記録物のロスもないし、実質的記憶装置によつて長さが制限されることもないという格別の作用効果が奏されるものである

これに対し、引用例記載の発明は、重合体フイルムの表面に輻射エネルギー源を照射し、その裏面に原稿の像を熱食刻により形成して原稿と等しい原版を得ることを目的としたものであり、こうしてできた食刻フイルムは、原版、すなわち、「陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版」として用いるものであるから、これは、本願第一発明が不用としたいわゆる印刷版に対応するものである。このように、引用例記載の発明においてエネルギー線の照射によつて表面状態を変化させ、そこにインキを詰めるものは、紙匹等の被記録物(引用例に記載の「受容体あるいは複写シート」)ではなく、この被記録物に陽画像を転写せしめる「陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版」等の原版である。

したがつて、本願第一発明と引用例記載の発明とは、被記録物について差異がなく、また、被記録物の画像記録部の表面状態を変え、ついでにインキで画像を記録するという点も差異がないとした審決の認定は誤りである。

2  相違点(一)の判断の誤り

審決は、被記録物表面をエネルギー線照射し、インキ受容部を簡単に得る技術、すなわち、あらかじめ画像記録情報で制御されたレーザー光線を樹脂コート処理された紙あるいはプラスチツクシート表面に照射し、画像記録情報に応じて前記被照射物の表面状態を変化せしむる技術は本件出願前周知であつたとして周知例記載の発明をあげている。しかしながら、周知例記載の発明は、レーザービームによる平版印刷版の製造を目的とするものであり、周知例の記載から「平版印刷版」が「記録材料」であつて「被記録材料」でないことは明らかなところ、右「記録材料」は例えば約二・三ワツトの全出力を有するアルゴン―クリプトレーザにすべてのスペクトル線にわたつて露出した後、これを直ちに又は貯蔵後の所望の時期にオフセツト印刷機に配置し、印刷を開始するのであるが、ここにいうオフセツト印刷とは、一般に印刷後一度インキ画像をゴムブランケツト面に転写し、それから紙その他の被印刷物に印刷する方法をいうのであるから、周知例記載の発明における「被記録材料」はゴムブランケツト又は紙であつて、これら「被記録材料」はエネルギー線に照射されることはなく、その表面状態が変化せしめられることはないのである。したがつて、被記録物表面をエネルギー線照射し、インキ受容部を簡単に得る技術は本件出願前周知であるから、その技術をそつくり転用することは格別の創意を要するものでないとした審決の認定、判断には誤りがある。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  一致点の認定について

引用例には、①透明な重合体材料のフイルムあるいはシートと原稿体とを表面同志接触させること(第一頁右欄第三〇行ないし第二頁左欄第二行)、②赤外線照射すること(第二頁左欄第二行ないし第四行)、③原稿体と接触するフイルムに物理化学的変化が生じ、例えば、図2に示されるような不規則な食刻部分ができること(第二頁左欄第一六行ないし第一九行、別紙図面二参照)、④この不規則な食刻部分の表面は化学的変化も生じ、ある種のフイルムは親水性から疎水性に変わり、ある種のフイルムでは疎水性から親水性に変わること(第二頁左欄第四八行ないし右欄第三行)、⑤透明な重合体材料のフイルムあるいはシートとしてポリスチレンシートを用いると、食刻部分は親水性であるのに対して、背景部分は疎水性であるポリスチレンシートが得られること(第二頁右欄第四〇行ないし第三頁右欄第一二行)、⑥水を基材とした色料あるいはインキを食刻部分に塗ると、図3に示されるように、水を基材とした色料あるいはインキは食刻部分に残留すること(第三頁左欄第八行ないし左欄第一三行)、⑦この変形ポリスチレンシートは陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版として使用可能となること(第三頁左欄第一三行ないし第一五行)等が記載されており、右記載から「陽画映写用トランスパーレンシイ」は、原稿が重ねられ、輻射エネルギーが照射され、水性インキが塗布され、画像が形成されたものであり、それは透明な基材のうえに陽画像が存在するフイルムあるいはスライドであるから、画像が形成される前の透明な基材、すなわち「陽画映写用トランスパーレンシイ」を構成する透明なフイルムあるいは基材(例えばポリスチレンシート)が、本願第一発明にいう被記録物に相当することは明らかである。したがつて、審決がした、本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定に誤りはない。

2  相違点一について

周知例には、①顔料を有する親水性コロイド状結合剤よりなる被膜を塗布した印刷版としての使用に適する紙フイルムを用いること(第四頁左下欄第一八行ないし右下欄第一行)、②アルゴン―クリプトンレーザに露出すること(第四頁右下欄第一行ないし第九行)、③露出された部分は暗色に見えること(第四頁右下欄第一〇行)、④露出された部分は脂性インキを受容すること(第四頁右下欄第一二行、第一三行)、⑤アルゴン―クリプトンレーザは、コンピユーターにより制御されたレーザビームであること(第四頁左上欄第六行ないし右上欄第二行)等が記載されており、右記載からすれば、周知例には、「被記録物表面をエネルギー線照射し、インキ受容分を簡単に得る技術、すなわち、あらかじめ画像記録情報で制御されたレーザ光線を、樹脂コートされた紙あるいはプラスチツクシート表面に照射し、画像記録情報に応じて前記被照射物の表面状態を変化せしむる技術」が記載されていることは明らかであり、相違点(一)についての審決の認定、判断に誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第二号証(願書添付の明細書、以下「本願明細書」という。)及び甲第三号証(昭和60年4月4日付け手続補正書)によれば、本願第一発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりであると認められる。

本願第一発明は、純電子的記憶装置を用いた、印刷版を必要としない新規画像記録法に関するものである(本願明細書第五頁第三行ないし第五行、手続補正書第二頁第一一行及び第一二行)。

公知の平版印刷(オフセツト印刷)では、印刷すべき画線及び非画線部がほぼ同じ面内に存在する印刷版もしくは印刷プレートが使用され、印刷機中で印刷版は給湿ローラによつてまず給湿され、引き続き印刷版はインキ着けローラによつてインキ着けされるが、給湿された面線部はインキを反撥し、吸湿されなかつた画線部はインキを受容することとなる。次いで、印刷版上に存在するインキ画像はゴムローラに転移され、このゴムローラから被記録物、多くは紙に転移される。このように、平版印刷は間接印刷であり、常に反復する印刷のためのいわば記憶装置であるインキ吸収性ないしはインキ反撥性の印刷版を必要とするものである。このような印刷版なしで作業する画像記録装置は既に公知である。しかしながら、これらの方法の質的及び作業速度は制限されており、満足のいくものではなかつた(本願明細書第三頁第一四行ないし第五頁第二行、手続補正書第二頁第五行ないし第一〇行)。

本願第一発明は、実質的記憶装置を避け、純電子的記憶装置を用いて作業し、したがつて準備された印刷版を必要としない新規画像記録法を提供することを目的とし(本願明細書第五頁第三行ないし第五行、手続補正書第二頁第一一行、第一二行)、本願発明の要旨第1項記載のとおりの構成を採用したものである。本願第一発明は、被記録物、例えば紙匹に直接に中間キヤリアなしに給湿剤及び印刷インキを作用させるものであり、記録するに必要な給湿剤及びインキ受容性の変更を達成するために、被記録物を電子エネルギー源により処理するもので、この電子エネルギー源は電子記憶装置によつて制御されることになる(本願明細書第五頁第一八行ないし第六頁第四行、手続補正書第二頁第一九行ないし第三頁第三行)。

本願第一発明は、右構成を採用したことにより、印刷方法は著しく簡単になり、印刷作業が促進され、印刷テキストもしくは画像の交換は、古い印刷版の取外し及び新しい印刷版の取付けのような機械的行為なしに容易に実施でき、それにもかかわらず画像記録の質は維持され、さらに、記録すべき画像の長さを随意に選択することができ、被記録材料、例えば紙匹をロスすることもないし、例えばオフセツト印刷の場合版胴の円周面のような実質的記憶装置によつて長さが制限されることもないという作用効果を奏するものである(本願明細書第五頁第六行ないし第一七行、手続補正書第二頁第九行ないし第一八行)。

右事実によれば、本願第一発明は、中間キヤリア、つまり平版印刷における印刷版等を用いないで、被記録物、例えば紙匹に直接画像を記録する方法であつて、本願第一発明における被記録物はそのまま印刷物として機能するものであり、これは平版印刷における印刷版によつて転写された印刷物に相当するものである。

2  他方、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例には、「本発明は製版技術に関するものである。特に複写すべき原稿の像を三元的に重合体シート上に付与形成させる改良方法及び原稿を複写する改良方法に関するものである。本発明は、ある種の重合体フイルムあるいは重合物体の表面に食刻を行えば物理的化学的性質の実質的変化を生ぜしめうることの発見を基礎としている。この食刻を行なうには、比較的低い輻射エネルギー吸収性を有する種の重合体表面に、比較的高い輻射エネルギー吸収性を有する、所望の原稿をマスクあるいは接触させ、このエネルギー吸収性原稿材料中に熱が発生し、マスクされたあるいは接触を受けた重合体表面に陥入した食刻を生ぜしめるに充分量の輻射エネルギーを与える。この結果、原稿と等しい原版をうる(第一頁左欄第三〇行ないし右欄第一一行)」「食刻部分30における、フイルム表面の特性変化は、単なる見かけ上ないしは光学的変化に止まるものではない。フイルム表面の食刻部分30には化学的変化も生じ、ある種のフイルムは、疎水性から親水性に変わり、ある種のフイルムでは、親水性から疎水性に変わる程度の大きな変化が起こる(第二頁左欄第四六行ないし右欄第三行)」「図面1、25のごときポリスチレンのシートあるいはプレートを、照射中発生する温度で化学的に安定であり触媒あるいはその他の変化しない輻射エネルギー吸収性の原稿26でマスクしてあるいは表面同志を接触させる。(中略)次いで、前記方法で照射すれば、原稿26の選択的輻射エネルギー吸収で熱が発生し、この原稿との接触部分に陥入した食刻が行われる照射後、担体シート27の除去あるいは処理部分を直接的に洗うかプラをかける方法で、シート25より原稿26を除去する。図面2に30で示した食刻表面は背景部分と光学的に異なり、したがつて、このポリスチレンをイルミネーシヨン公告として用いることが可能となる(第二頁右欄第四一行ないし第三頁左欄第八行)。」「ポリビニルアルコールのごとき可溶性結合剤の水溶液に溶解したところの有機染料のごとき、水を基材とした色料あるいはインキを食刻表面に塗布すれば、背景部分は疎水性であるのに反して食刻部分は親水性である故に図3の31で示すごとく、色料あるいはインキが食刻された部分に残留する。この変形ポリスチレンシートは、陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版として使用可能となる。図3は、食刻部分にインキ31を詰めたフイルム25よりの転写により、陽画像34を受容した受容体あるいは複写シート33を示している(第三頁左欄第八行ないし第一八行)。」「本発明方法の実施に当たり、食刻重合体原版を用いて、蒸気、液体状あるいは固体状の一ないし多数の色形成用反応剤を原版に使用することが容易となること、原版中のたとえば食刻部分に含有される反応剤との反応で色を形成しうるところの一ないし多数の反応剤で浸漬あるいは片面ないし両面被覆した複写用あるいは受容体地と上記処理した原版とを接触させることにより読み易いコピーを作成しうることが明らかとなつたであろう(第四頁左欄第二八行ないし第三六行)。」との記載があることが認められる。

右事実によれば、引用例記載の発明は、製版技術に関するもの、特に熱食刻より重合体材料シート上に印刷すべき原稿の像を付与形成させる三元的複写物に関するものであつて、これは、ある種の重合体フイルムあるいは重合物体の表面に食刻を行えば物理的化学的性質の実質的変化を生ぜしめうることの発見を基礎とし、原稿と等しい原版を得ることを目的としたものであり、右複写物は、陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版として使用可能であることから中間キヤリアといえるもので、この複写物より受容体あるいは複写シートに像を転写するものであるから、引用例記載の発明は間接印刷に相当するものと認められる。

してみると、引用例記載の発明において、重合体材料シート上に原稿の像が熱食刻により形成される点のみをみれば、重合体材料シートそれ自体が被記録物といえなくもないが、前記認定したとおり、熱食刻により重合体材料シート上に複写すべき原稿の像を三元的に付与形成せしめた三元的複写物は、原版、すなわち、印刷すべき原稿と等大の陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版として用いるものであるから、これは本願明細書に記載の平版印刷における印刷版に対応するものであると認められ、本願第一発明における被記録物、すなわち平版印刷における印刷版を用いて印刷された印刷物に相当する被記録物とは相違するものであることは明らかである。

被告は、引用例記載の発明における陽画映写用トランスパーレンシイは、原稿が重ねられ、輻射エネルギーが照射され、水性インキが塗布され、画像が形成されたものであり、それは透明な基材の上に陽画像が存在するフイルムあるいはスライドであるから、画像が形成される前の透明な基材、すなわち「陽画映写用トランスパーレンシイ」を構成する透明なフイルムあるいは基材(例えばポリスチレンシート)が、本願第一発明にいう「被記録物」に相当することは明らかである、と主張する。

しかしながら、引用例には前記認定したとおり、「ポリビニアルコールのごとき可溶性結合剤の水溶液に溶解したところの有機染料のごとき、水を基材とした色料あるいはインキを食刻面に塗布すれば、背景部分は疎水性であるのに反して食刻部分は親水性である故に図3の31で示すごとく、色料あるいはインキが食刻された部分に残留する。この変形ポリスチレンシートは、陽画映写用トランスパーレンシイあるいは複写用原版として使用可能となる。図3は食刻部分にインキ31を詰めたフイルム25よりの転写により、陽画像34を受容した受容体あるいは複写シート33を示している(第三頁左欄第八行ないし第一八行)。」と記載されているほか、さらに、前掲甲第六号証によれば、<省略>

<以下省略>

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